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京土会表紙絵ギャラリー

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平成13年卒 岸本 貴博
「シンボル−明石海峡大橋−」

 表紙絵は明石海峡大橋です.明石海峡大橋は完成に至るまでに,当時神戸市長であった原口忠次郎氏(大正5年 京都帝国大 学 土木学科卒)により昭和32年に神戸市会に明石架橋調査費が議員上程されてから,昭和61年の起工式までに30年の歳月が費やされ,総工費約5000億円が投入され,日本国中の土木を含めた様々な分野の叡智が集結されました.明石海峡大橋は,兵庫県神 戸市垂水区東舞子町と淡路市岩屋を結び,全長3,911m,中央支間1,991m,海面上の主塔の高さ298.3mの世界最大の吊り橋です.明石海峡大橋は,施工期間中に平成7年の阪神淡路大震災が発生したにも関わらず,ほとんど被害が出ておらず,これより日本の架橋技術の高さを伺い知ることができます.2011.3.11に発生した東日本大震災以降,安心,安全な社会を願う国民の建設業界への眼差しは,数年前までとは異なりつつあり,このような状況において日本の叡智を集結した明石海峡大橋は,人々に対して日本の土木技術の高さを示す象徴であると思います.
 明石海峡大橋の架橋地点周辺に目を向けると,百人一首の藤原定家の歌「来ぬ人を まつほの浦の夕凪に 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」のロケーションとなっていることからもわかるように,この地域は,古来より風光明媚な場所として知られています.この美しい風景の中でケーブルにより優雅に弧を描く明石海峡大橋は,この地域の象徴であり,周辺風景と調和した存在となっています.
 また,約20年前に,姫路から三宮の予備校に通っていた私にとってJRの新快速の車窓から眺める明石海峡大橋の施工過程の 様子は,大変印象的であり,橋の規模の大きさとともに日本の架橋技術の高さに感銘を覚えました.そして,この車窓の外に広 がっていた風景が,私にとって土木工学(橋梁デザイン)を学ぶきっかけとなった象徴と言えます.
 以上に示す理由により,表紙絵のモチーフを明石海峡大橋とし,タイトルを「シンボル−明石海峡大橋−」と致しました.



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