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京土会表紙絵ギャラリー

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昭和54年卒 李 徳河
「台湾 禮賢楼(李 徳河 筆)」

 表紙の建物は台湾の国立成功大学の禮賢楼です.国立成功大学は,台湾のオランダの後の統治者の鄭成功にちなんで名付けられたもので,台湾総督府が1931年に開校した台南高等工業学校を発祥とする台湾では歴史のある大学です.本大学の光復校区には日本統治時代(1910−1912年)に,日本陸軍が歩兵第二聯隊営舎として作った建造物が多く残されており,古跡として保存に努めています.表紙の絵は,当時に第二聯隊本部として建てられ,今では本大学の芸術研究所館舎として使われている禮賢楼を私が若かりしときに描いたものです.明治末から大正初期の日本軍の軍事施設の建築物で残されている貴重な遺構です.主にレンガで構築されておりますが,ここでは日本陸軍が鉄筋コンクリート造を試みた建築の一つでもあります.ローマ式のデザインでトスカーナ式の柱が組み合わされた美しい外観とともに,陽光や雨水が直接室内に入らないような回廊を設ける,あるいは床の土台を高めて通風孔を設けるなどの台湾の気候風土に適するように考えられた工夫がいくつも見られます.他にも旧日本軍の中隊営舎が成功大学の校舎として保存され利用されており,私もその保存に尽力しました台南府城の城門の一つである小東門の遺跡を保存しているなど,キャンパス内では歴史的にも貴重な遺構を多く見ることができます.この国立成功大学の卒業生の多くが京土会の会員として巣立っており,今も祖国の発展に寄与すべく努力しております.その他にもキャンパス内には,裕仁皇太子殿下(昭和天皇) がお手植されたガジュマルの樹もおよそ100年の間大切に守られています.その大きく繁った樹が在る一帯は,榕園という公園として開放されており,民衆の憩いの場として賑わっているのをご存知でしょうか.台湾を訪れた際には,台湾の歴史,そして台湾と日本の友好関係を示す多くの遺跡がある国立成功大学に足を運んで頂けますと嬉しい限りです.



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