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京土会表紙絵ギャラリー

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昭和39年卒 田中 輝彦 「通潤橋建設のようす」

 大学を出て数年後のこと、親戚の医者から「骨材ってなに?」と聞かれて説明したことがあります。
そして、骨材という言葉は面白いなと思ったと同時に、一般の人にはわかりづらい言葉だと気づきました。
それに、当時から土木について社会の理解はあまりよくないと感じていました。
その頃から一般の人たち、あるいは青少年や主婦にも分かりやすい土木の本が書けないかとひそかに考えていました。
ようやく数年前に岩波ジュニア新書として「重力の達人」を出すことになりました。
そのときにアーチについての説明として、支保工を含む工事の想像図として描いたのがこの絵です。
 講談社文庫に「肥後の石工」という子供でも読みやすい本があります。
その物語をよんで是非「通潤橋」を見てみたくなりました。
格安ツアーに通潤橋の字を見つけて1993年の夏に熊本にゆきました。(通潤橋 1854年完成)
 熊本出身の近所の方の話では、料金を払うと町役場がテレビでも時々目にするあの有名な放水を、特別にしてくれるということでした。
しかしその申し込みをする間もなく出かけてしまいました。
ところが、現地につくとバスの中から放水をしている光景が見えました。
バスの止まるのももどかしく近くへと懸命に走って素晴らしい場面に立つことができました。
現在の技術にしても叶わないくらい壮大な土木構造物を目の前にして、先人の偉大さと情念に圧倒されました。
アーチの力の不思議を伝えるとともにその建設のからくりを説明する絵としたのがこのちょっと稚拙な絵です。
 九州の旅は、偶然にもバスの車窓遠くに普賢岳の火砕流を望む機会をえましたが、九州に大きな被害をもたらした8.6水害に阻まれて、鹿児島に入ることができずに、バスで福岡空港に引き返しました。
ホテルのテレビ画面は、およそ150年にわたって親しまれた甲突五石橋のうち、武之橋と新川橋の二つの名橋が崩壊したことを伝えていました。
 現在、神戸市の土木博物館構想の一環として「土木の学校」お手伝いをしています。
夏休みには、私が考案した「アーチのパワーにびっくり―厚紙型枠で作るアーチの石こう模型」で子供たちにアーチの不思議を説明し、この絵も利用しました。
また大学1学年の講義にも登場させています。

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