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京土会表紙絵ギャラリー

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昭和36年卒 金盛 弥 「金地院山門」

 会報表紙絵の依頼をいただき、5月の休日久しぶりに東山山麓を清水坂から南禅寺まで歩いた。
山麓でもとくにこの一帯は古都の風情が濃く、我が版画の特徴にも合う景観が数多くあろうと期待したからである。
 清水坂に着くと予報どおり雨が降り出し、産寧坂と出会う辺りで一段と激しくなった。
産寧坂から二年坂へ進む。
修学旅行生や観光客で混雑の狭い坂道は、傘が開いて一層の混雑である。
両側に並ぶ店にはその軒下に雨宿りの人が群れて立つ。
とても落ち着いて写真撮影やスケッチなどできるものでない。
しかし何よりも制作意欲を殺いだのは両坂の電柱と電線である。
八坂の塔を背景にした坂の景観は候補の一つであったが、電柱類で随分と傷ついたものとなっていていただけない。
坂道や建物に景観への丁寧な工夫や配慮がなされている一方で、いかにも残念な事である。
この界隈は伝統的建造物群保存地区である。
地下埋設は当然議論されているであろうに妨げる壁は何なのか、いろいろあろうが、究極の壁は美意識のアンバランスではないのか、と思う。
 いろいろ思案をしながら石塀小路から花見小路へ、ともに京都らしい落ち着いた路地である。
とくに石塀小路の曲がり角の作りは巧みであり、その前後の景観は魅力的である。
しかし両路ともに縦の構図であって、事務局指定の横の作品にはまとめにくい。
 白川から南禅寺へ、南禅寺はさすがに境内が広い、多数の人の動きもさして気にならないが、個々の伽藍が大き過ぎて構図がとりにくい。
伽藍のみであれば殺風景、周囲を取り込めば樹木がいたずらに入ってきて彫る技術が追いつかない。
水路橋も然りである。
休憩のため上がった南禅寺山門から緑の境内を俯瞰して、金地院の存在に思い至ったのは幸いであった。
院の門前に立ちそこに我が意に叶う景観を発見し、安堵してこの日の散策を終えた。
このあと金地院には2回訪れた。
 ゆったりとした気分で東山界隈の散策を楽しむ機会をえたのも、表紙絵の依頼に与ってのことであり、土岐名誉教授ならびに事務当局に感謝する次第である。

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